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東京地方裁判所 昭和56年(ワ)7260号 判決

原告

甲田明

(仮名)

右訴訟代理人

杉本良三

被告

株式会社東海銀行

右代表者

酒井謙太郎

右訴訟代理人

松嶋泰

土屋良一

寺沢正孝

主文

一  被告は、原告に対し、金八七四万九八七九円及びこれに対する昭和五五年一〇月四日から右支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを一〇分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決は、仮に執行することができる。

事実《省略》

理由

一原告が昭和五五年九月一〇日午後一時三〇分ごろ、被告の従業員大寺富夫が業務上使送中に置き忘れた被告の所有にかかる本件小切手及び被告が第三者から預かり保管中の本件株券を拾得し、直ちに警視庁中央警察署長に差し出し、同警察署長から被告にそのことが通知されたことは、当事者間に争いがない。したがつて、原告は、被告に対して、遺失物件である本件小切手及び株券の価格の一〇〇分の五より少なくなく一〇〇分の二〇より多くない報労金の支払請求権があることとなる。

二遺失物法四条一項本文の物件の価格とは、遺失者が遺失物の返還を受けられないことによつて被る財産上の損害であると解すべきであるが、遺失物が小切手である場合、その小切手が遺失物者に返還されなかつたとしても遺失者がそのまゝその小切手の額面金額に相当する損害を被るものではなく、遺失者及び支払人が遺失の事実を知らない間に拾得者自身がその小切手を支払人に呈示し、あるいは拾得者の取引銀行に取立てを委任して現金を受け取るか、又は拾得者がその小切手を第三者に譲渡して小切手上の権利が善意取得されることによつて初めて遺失者が損害を被るのであるから、遺失した小切手の返還を受けられないことによつて被る遺失者の財産上の損害は、右のような事態に陥る危険の程度を考慮して算定すべきである。

本件小切手九通がすべて日本銀行を支払人とするいわゆる日銀小切手であることは当事者間に争いがないところであり、〈証拠〉によれば、日銀小切手は原則として日本銀行と取引のある金融機関、短資会社又は総合証券会社相互間の資金決済のために利用されるもので、一般の商取引に利用されることはなく、右金融機関が右日銀小切手により現金の支払を受けようとするときには、その前日に予め日本銀行にその旨を連絡した上、当日使者に裏面に届出済みの当該金融機関の領収印を押捺した日銀小切手とともに門鑑と称する通行証を持参させ、使者の身分の確認を受けた後、初めて支払を受けることができる仕組みになつており、通常の手形交換所における交換に回されることも額面の金額が極めて少い場合に限られ、しかも事前に銀行内部で検討されること、また右日銀小切手の拾得者が取引銀行に取立てを委任しようとしても、前記のような日銀小切手の性質上銀行がこれを引受けることは殆んど考えられず、従前もその例がないことが認められ、他に右認定を左右する証拠はない。

右認定事実によれば、本件小切手の拾得者又はその者から譲渡を受けた者が日本銀行と取引のある金融機関の使者を装つて日本銀行から直接支払を受け得る可能性は全くなく、銀行に取立てを委任することも困難であつたことが明らかである。

更に、〈証拠〉によれば、本件小切手面上には「最終勘定」という記載がされており、同記載は午後三時にだけ決済されることを意味する表示であること、そして本件小切手を遺失したことは遺失後間もなく訴外大寺富夫からの連絡により被告の知るところとなり、被告は、昭和五五年九月一〇日午後二時二〇分ごろには日本銀行に本件小切手を遺失したことを連絡するとともに、一時支払を差し控えるよう依頼したことが認められ、右事実によれば、仮に、取立委任を受けた銀行が本件小切手を午後三時に決済しようとしても、本件小切手が遺失したものであることが連絡されているため、決済されることはあり得なかつたものというべきである。

したがつて、本件小切手が拾得者又はそれから譲渡を受けた者によつて現金化される可能性は、絶無といつてよく、被告がそれによつて損害を被る危険はないといわなければならない。

次に、本件小切手が第三者によつて善意取得される危険の程度について考えると、小切手は、その呈示期間中に小切手上の権利を有する者から支払のため呈示されなければ支払人にも振出人にもその支払を請求することができなくなるから、本件小切手の振出日である昭和五六年九月一〇日から一〇日間に限り善意取得することが可能であるところ、先に認定したように、本件小切手は、いわゆる日銀小切手で、一般の商取引において利用されておらず、そのことは日銀小切手を取得しようとする者にも容易に知り得るところであり、また、本件小切手のうち三通は額面金額が六三億余円、一〇億余円、五億円というきわめて高額なものであつて、このような高額の小切手を拾得者個人が所持していること自体不自然なことであるから、通常第三者がこれを譲り受けることは考えられず、譲り受けるとしてもこのような高額の小切手の譲渡を受けようとする者は相当の調査をすべきところ、振出人である被告及び支払人である日本銀行では遺失後四、五〇分ほどで本件小切手を遺失したことを知るに至つていたのであるから、その小切手の譲渡を受けようとする者がこれらの者に問い合わせれば本件小切手が遺失したものであることが容易に判明したことを考え合わせると、本件小切手が善意取得されるには多数の悪意又は重過失による取得者の手を経なければならず、一〇日間という短期間に第三者により本件小切手上の権利が善意取得される可能性は、きわめて低いものといわざるを得ない。

以上のように、本件小切手が返還されないことにより被告が損害を被る危険の程度はきわめて低く、このことを考慮すると、本件小切手の価格は、その額面総額の一〇〇分の二である金一億五七四一万七五八二円と評価するのが相当である。

三次に、本件株券の価格について判断すると、本件株券がいずれも東京証券取引所において売買されていることは、当事者間に争いがなく、この種の株券は第三者により容易に善意取得されるものであるから、本件株券の価格はその株式の時価をもつて評価するのが相当である。そして、昭和五五年九月一〇日の東京証券取引所における株式会社日立製作所の一株の取引価格が金三二〇円であり、株式会社大隈鉄工所の一株のそれが金六七〇円であることについては当事者間に争いがなく、右取引価格が時価であるということができるから、本件株券の価格は総額金一七五八万円である。

四以上のとおり本件小切手及び株券の価格は合計金一億七四九九万七五八二円となるが、原告が拾得後直ちに中央警察署長にそれを差し出したことを勘案しても、その額がきわめて高額であることを考慮すると、本件における報労金の額は、右物件の価格の一〇〇分の五に当たる金八七四万九八七九円とするのが相当である。

五よつて、本件請求は金八七四万九八七九円を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文の規定を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項の規定をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(小川昭二郎 榎本恭博 秋葉康弘)

目録

(一) 小切手九通(額面総額金七八億七〇八七万九一〇五円)

(1) 額面 金六三億三八一九万一一八三円

振出人 株式会社東海銀行東京営業部東京資金部次長早稲田裕紀

振出日 昭和五五年九月一〇日

支払人 日本銀行

種類 一般線引

(2) 額面 金一〇億〇一九四万四四四四円

以下(1)と同じ

(3) 額面 金五億円

以下(1)と同じ

(4) 額面 金一五〇〇万円

以下(1)と同じ

(5) 額面 金一〇〇〇万円

以下(1)と同じ

(6) 額面 金二九八万八七八三円

以下(1)と同じ

(7) 額面 金一七七万八七九五円

以下(1)と同じ

(8) 額面 金九〇万円

以下(1)と同じ

(9) 額面 金七万五九〇〇円

以下(1)と同じ

(二) 株券

(1) 株式会社日立製作所

千株券 三四通

(2) 株式会社大隈鉄工所

千株券 一〇通

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